缶詰の常套句

万年筆とか写真とか。

伊丹市立美術館、ソウル・ライター展

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 鏡を見ながらキャンバスに自分の像を描く時、画家は分裂している。写真家が鏡に映った自分の像を撮影する時、写真家はそのフレームに閉じ込められている。
 ソウル・ライターの写真——商業写真にも、スナップ写真にも——に頻出する閉じ込めの構図は、ひょっとすると撮影者自身を閉じ込めているのかもしれない、と感じたのも故のないことではない。

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ベルリンで行った美術館のこと全部書くよ

 ベルリンに行くと、他のヨーロッパの古都とか全部つまんなく見えた。20世紀の街。前世紀のカウンターやアヴァンギャルドがすっかり制度化されて保存されているような、と言えば言い過ぎかもしれないけど。旅行が下手なので美術館ばっか回ってた。あんまし前置きを書いてると4月中にアップできなくなる(一応月1更新が目標)から、さっそく本題。タイトルどおり、ベルリンの美術館・博物館を15くらい紹介するよ! 世のため人のため、広さ、混み具合、所要時間、荷物とかもちゃんと書くから参考にしてね。
 それじゃ、10分に1回セックスシーン、じゃなくて関係ない写真をきゅれ~しょんサイトっぽく挟みながら書いていくね!

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中欧行、または私はいかにしてブダペストの動物園で寒がるのをやめて微妙みに萌えるようになったか

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アイキャッチ画像はハンガリーの国会議事堂。

 旅行をするとついステレオタイプを消費して喜んでしまう。顎の割れたドイツガイが適当にビールをサーブしてくれたり、陽気なトルコ系移民の運転手と盛り上がったりするとどうしたって嬉しいもので、それはでも既に自分の中にあった計画の追認でしかない。絵画の実物は常にそれ以上のものを与えてくれるから好きなのだが、まあ、そんな話は良い。ベルリン、ウィーン、ブダペストと遊びのためだけの旅行をした。ウィーンにはほとんどいる時間がなかったのだが、ベルリンでは20世紀前半の美術に溺れ、大好きなヴェンダース映画の舞台となった街を歩き回り、クラフトビールをじゃぶじゃぶ飲んだ。そして問題はブダペスト。二日間の滞在のハイライトは温泉だったが、当然写真は無いし、せっかくだから萌え萌えな動物園について書きたい。

 8日間の旅行で唯一の雨だった朝、サメやエイの居る水族館に向かえばよかったと後悔しながら傘も持たずに動物園に向かう。シベリアよりの寒波は去ったものの雨のため気温が低く、レンズがすぐ曇るので途中から写真は諦めた。9時に開館だが、どこの動物園でもそうであるように動物の展示は開館時間目一杯行われているわけではない。「朝早くはいろいろ閉まっているから、まずはアシカを観に行くといいよ」と入り口でお兄さんが教えてくれた。おそらくその日最初の客であって、飼育員と勘違いしているのか動物たちが寄ってくる。

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パイロットのロールペンケースを一年半使ったら飴色になっていた

 n本差といえばまあ、ナガサワなわけで、もちろん検討はしたのだが如何せん高い。譲れない条件は(1)巻けること(2)合皮ではないこと(3)差すところが一本ずつ独立していること、ぐらいなのだがナガサワを除けばパイロットのペンサンブルシリーズしか選択肢がなかったように思う。

 ナガサワとパイロットの一番の違いは、フラップの有無だろう。フラップ付きのペンサンブルは、キャップの部分にフラップが重なるのでどうしても巻いたときに上部が太くなる。というか下がフワフワするのに比べて中央からやや上辺りだけがギチギチになる。それが致命的だと思う人はナガサワのを買えばいいと思うけども、フラップがあると大事な万年筆がすっ飛んでいかないという安心感がある。

 ともかくこれにエラボー、スーベレーン、カスタム74、プレラ、シャーペンのレンジャーを差して一年半の間毎日のように鞄に放り込んでいたというわけ。枚数は少ないが、まずは購入当初の写真でも貼っておこう。
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 そして現在の様子(と言っても、この記事を書こうと思った時点の写真なので、去年のものである)がこれだ。
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 照明が悪い上に物撮り技術がまるでなくわかりにくいのだが、黒っぽく変色している箇所は、内側でいうとポケット間の縫い目の最上部に当たる。巻くと何故かこの箇所が突出するのである。その他、形の変化という点では、下の方にペンの形が付いているのがお分かりいただけるだろうか。こうした変化について特に思うところはない。

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温泉マニアことはじめ〜新潟編

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9月末に新潟旅行をし、その温泉巡りのことを書こう書こうと思っていたのだが、気付いたら年が明けていた。3ヶ月も経ってしまうと、温泉を描写する言葉に事欠くものだ。感覚的なことはなるべく早く書き留めなければならない。覚えておこう。

  • 燕温泉 黄金の湯
  • 兎口温泉(松之山温泉)
  • 新津温泉
  • 月岡温泉
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安吾の故郷、太宰の旅先。

新潟の街は、へんに埃っぽく乾いていました。捨てられた新聞紙が、風に吹かれて、広い道路の上を模型の軍艦のように、素早くちょろちょろ走っていました。道路は、川のように広いのです。電車のレエルが無いから、なおの事、白くだだっ広く見えるのでしょう。万代橋も渡りました。信濃川の河口です。別段、感慨もありませんでした。東京よりは、少し寒い感じです。


新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるのです。
太宰治「みみずく通信」

 理由が無ければ旅も出来ない。フラッと家を飛び出して停まっているバスに飛び乗って放浪出来たら格好良いのだが、また綿密に計画を立てて観光旅行してしまった。行き先は新潟。温泉、酒、そして太宰と安吾の縁の地を回るのが目的だった。温泉の話はまた別の機会に書くとして、ひとまず新潟市のことから始めよう。

 東京より少し寒いのなら、大阪と比べても少し寒い程度だろうと決め込んだりし、市街地のことはすっかり太宰を信頼することにしていた。晩夏だったが、雨が降れば大いに寒く、晴れれば日差しが暑かった。駅を出て海側へ向かえば確かに、新開地の感。いや、地方都市なんてどこも新開地の感じがするものだ。どこも道は川のようにだだっ広い。柳も多い。治くんの足取りを辿ってまっすぐ歩けばかの有名な万代橋であり、小学校の教科書以来の信濃川であるが、特に感慨も無い。振り返ると安吾の父親が勤めていた新潟日報のビルが見える。昔からそこにあったものかは知らないが。

 ずっと歩いて行くとどっぺり坂があり、近くに「安吾 風の館」なる施設がある。旧市長公舎だけあって瀟洒な家屋、よく手入れされた庭を見ながらのんびり安吾関係の資料が読める。周囲は住宅地で静かだし、住むには理想だ。碑しか無いが、安吾の生誕地も近い。 近くのカトリック教会は、安吾の書き物にも登場する。異人池はもうないが、どっぺり坂に解説パネルが設置されていた。

 或る夜は又、この町に一つの、天主教寺院へ、雑沓の垢を棄てにいった。僧院の闇に、私の幼年のワルツがきこえた。影の中に影が、疑惑の波が、半ばねぶたげな夢を落した。ポプラアの強い香が目にしみた。さわがしく蛙声がわいた。神父はドイツの人だった。黒い法衣と、髭のあるその顔を、私は覚えていた。そのために、羅馬風十字架の姿を映す寂びれた池を、町の人々は異人池と呼んだ。池は、砂丘と、ポプラアの杜に囲まれていた。十歳の私は、そこで遊んでいた。
坂口安吾「ふるさとに寄する讃歌 夢の総量は空気であった」

 ここより少し駅に近い方に、イタリア軒というホテルがあったが、これだろうか。

 イタリヤ軒に着きました。ここは有名なところらしいのです。君も或いは、名前だけは聞いた事があるかも知れませんが、明治初年に何とかいうイタリヤ人が創った店なのだそうです。二階のホオルに、そのイタリヤ人が日本の紋服を着て収った大きな写真が飾られてあります。モラエスさんに似ています。なんでも、外国のサアカスの一団員として日本に来て、そのサアカスから捨てられ、発奮して新潟で洋食屋を開き大成功したのだとかいう話でした。
太宰治「みみずく通信」

近くの川沿いには柳が立ち並んでいる。もしかすると、ホテルの名前を太宰の掌編から取ったのかもしれない。今回、佐渡には行けなかったが、「佐渡」でも太宰は宿を名前を変えて書いている。


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 街を更に進めば治くんが夕日を眺め、安吾が学校をサボって寝ていた浜だ。うっすらと佐渡が見えたが、風が強く陰気な天気だった。ここに挙げた二つの随筆様の作品を並べると、同じ街を描いているのに調子の違いに驚かされる。若く鬱屈した安吾と情緒安定期のヘラヘラした治くんを考えれば無理もないのだが、自分と縁もゆかりもない土地を訪れれば気は軽かろう。ただのエトランジェに比べて、故郷に対して他者となる孤独は痛切である。

 「ふるさとに寄する讃歌」には黒色肉腫を病んだ姉が登場するが、松之山の方に嫁いだ姉と同じ人だろうか。新潟市からだいぶ離れた十日町市にある大棟山美術館は、安吾の記念館を兼ねている。姉の嫁ぎ先であるこの家には安吾も度々訪れたそうで、「黒谷村」のモデルとも言われている。美術館の名の通り、安吾関係の資料の他に古美術なども並んでいて、これまた住みたくなるような家。その近くにある一軒宿では安吾が愛したという越の白鳥というお酒が飲めるのだが、泊まったことは無いらしいその宿にも安吾は作中で言及している。

 松の山温泉から一里はなれた山中に兎口(をさいぐち)といふ部落があり、そこでは谷底の松の山温泉と反対に、見晴らしのひらけた高台に湯のわく所があつた。一軒の小さい湯宿があるばかりで、殆んど客はないのであつた。
坂口安吾「逃げたい心」

 この作品のことは宿の人に教えてもらった。色んな話を聞けたのだが、ブログに書くようなことでも無かろう。この他は酒、風呂、酒、風呂。今頃はもう雪に閉ざされてしまったであろうあの風呂のことは、今度書く。

ルーベンスの相撲絵

 報道はなるべく目に入れないようにしているが、それでもお気持ちがしんどい。兵庫県立美術館に大エルミタージュ展を観に行ったが、気付いたら相撲のことを考えていた。まあそれは、この絵の所為なのである。


ルーベンスと工房の<<田園風景(Pastoral Scene)>>という作品。画像はwikipediaから。

 これが土俵の様子にしか見えない。

 男が送り出しで勝ちそうだが、この体勢なら簡単に外掛けがキマるのではないか。でも外掛けを蹴りあげて後ろに倒したら河津掛け?になるんだよな? ていうか腕掴んでるし、とったり行ける? ていうか男の方、首投げしようとしてるよな……つか俵どこだよ……


 はい。

 あと、ルネサンス絵画は、パースの見事さを堪能した。同じ画角で写真取ると、四隅がグワンッとなる筈の風景が、絵なら隅々まで真っ直ぐに描けてしまうという不思議さ。





あとその場で得たばかりの知識で同行者にマウンティングするオッサン◯ね。
「ほうほう、OOはXXやねんて。お前こんなこと知らんかったやろ」って何なんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜