缶詰の常套句

万年筆とか写真とか。

安吾の故郷、太宰の旅先。

新潟の街は、へんに埃っぽく乾いていました。捨てられた新聞紙が、風に吹かれて、広い道路の上を模型の軍艦のように、素早くちょろちょろ走っていました。道路は、川のように広いのです。電車のレエルが無いから、なおの事、白くだだっ広く見えるのでしょう。万代橋も渡りました。信濃川の河口です。別段、感慨もありませんでした。東京よりは、少し寒い感じです。


新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるのです。
太宰治「みみずく通信」

 理由が無ければ旅も出来ない。フラッと家を飛び出して停まっているバスに飛び乗って放浪出来たら格好良いのだが、また綿密に計画を立てて観光旅行してしまった。行き先は新潟。温泉、酒、そして太宰と安吾の縁の地を回るのが目的だった。温泉の話はまた別の機会に書くとして、ひとまず新潟市のことから始めよう。

 東京より少し寒いのなら、大阪と比べても少し寒い程度だろうと決め込んだりし、市街地のことはすっかり太宰を信頼することにしていた。晩夏だったが、雨が降れば大いに寒く、晴れれば日差しが暑かった。駅を出て海側へ向かえば確かに、新開地の感。いや、地方都市なんてどこも新開地の感じがするものだ。どこも道は川のようにだだっ広い。柳も多い。治くんの足取りを辿ってまっすぐ歩けばかの有名な万代橋であり、小学校の教科書以来の信濃川であるが、特に感慨も無い。振り返ると安吾の父親が勤めていた新潟日報のビルが見える。昔からそこにあったものかは知らないが。

 ずっと歩いて行くとどっぺり坂があり、近くに「安吾 風の館」なる施設がある。旧市長公舎だけあって瀟洒な家屋、よく手入れされた庭を見ながらのんびり安吾関係の資料が読める。周囲は住宅地で静かだし、住むには理想だ。碑しか無いが、安吾の生誕地も近い。 近くのカトリック教会は、安吾の書き物にも登場する。異人池はもうないが、どっぺり坂に解説パネルが設置されていた。

 或る夜は又、この町に一つの、天主教寺院へ、雑沓の垢を棄てにいった。僧院の闇に、私の幼年のワルツがきこえた。影の中に影が、疑惑の波が、半ばねぶたげな夢を落した。ポプラアの強い香が目にしみた。さわがしく蛙声がわいた。神父はドイツの人だった。黒い法衣と、髭のあるその顔を、私は覚えていた。そのために、羅馬風十字架の姿を映す寂びれた池を、町の人々は異人池と呼んだ。池は、砂丘と、ポプラアの杜に囲まれていた。十歳の私は、そこで遊んでいた。
坂口安吾「ふるさとに寄する讃歌 夢の総量は空気であった」

 ここより少し駅に近い方に、イタリア軒というホテルがあったが、これだろうか。

 イタリヤ軒に着きました。ここは有名なところらしいのです。君も或いは、名前だけは聞いた事があるかも知れませんが、明治初年に何とかいうイタリヤ人が創った店なのだそうです。二階のホオルに、そのイタリヤ人が日本の紋服を着て収った大きな写真が飾られてあります。モラエスさんに似ています。なんでも、外国のサアカスの一団員として日本に来て、そのサアカスから捨てられ、発奮して新潟で洋食屋を開き大成功したのだとかいう話でした。
太宰治「みみずく通信」

近くの川沿いには柳が立ち並んでいる。もしかすると、ホテルの名前を太宰の掌編から取ったのかもしれない。今回、佐渡には行けなかったが、「佐渡」でも太宰は宿を名前を変えて書いている。


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 街を更に進めば治くんが夕日を眺め、安吾が学校をサボって寝ていた浜だ。うっすらと佐渡が見えたが、風が強く陰気な天気だった。ここに挙げた二つの随筆様の作品を並べると、同じ街を描いているのに調子の違いに驚かされる。若く鬱屈した安吾と情緒安定期のヘラヘラした治くんを考えれば無理もないのだが、自分と縁もゆかりもない土地を訪れれば気は軽かろう。ただのエトランジェに比べて、故郷に対して他者となる孤独は痛切である。

 「ふるさとに寄する讃歌」には黒色肉腫を病んだ姉が登場するが、松之山の方に嫁いだ姉と同じ人だろうか。新潟市からだいぶ離れた十日町市にある大棟山美術館は、安吾の記念館を兼ねている。姉の嫁ぎ先であるこの家には安吾も度々訪れたそうで、「黒谷村」のモデルとも言われている。美術館の名の通り、安吾関係の資料の他に古美術なども並んでいて、これまた住みたくなるような家。その近くにある一軒宿では安吾が愛したという越の白鳥というお酒が飲めるのだが、泊まったことは無いらしいその宿にも安吾は作中で言及している。

 松の山温泉から一里はなれた山中に兎口(をさいぐち)といふ部落があり、そこでは谷底の松の山温泉と反対に、見晴らしのひらけた高台に湯のわく所があつた。一軒の小さい湯宿があるばかりで、殆んど客はないのであつた。
坂口安吾「逃げたい心」

 この作品のことは宿の人に教えてもらった。色んな話を聞けたのだが、ブログに書くようなことでも無かろう。この他は酒、風呂、酒、風呂。今頃はもう雪に閉ざされてしまったであろうあの風呂のことは、今度書く。

ルーベンスの相撲絵

 報道はなるべく目に入れないようにしているが、それでもお気持ちがしんどい。兵庫県立美術館に大エルミタージュ展を観に行ったが、気付いたら相撲のことを考えていた。まあそれは、この絵の所為なのである。


ルーベンスと工房の<<田園風景(Pastoral Scene)>>という作品。画像はwikipediaから。

 これが土俵の様子にしか見えない。

 男が送り出しで勝ちそうだが、この体勢なら簡単に外掛けがキマるのではないか。でも外掛けを蹴りあげて後ろに倒したら河津掛け?になるんだよな? ていうか腕掴んでるし、とったり行ける? ていうか男の方、首投げしようとしてるよな……つか俵どこだよ……


 はい。

 あと、ルネサンス絵画は、パースの見事さを堪能した。同じ画角で写真取ると、四隅がグワンッとなる筈の風景が、絵なら隅々まで真っ直ぐに描けてしまうという不思議さ。





あとその場で得たばかりの知識で同行者にマウンティングするオッサン◯ね。
「ほうほう、OOはXXやねんて。お前こんなこと知らんかったやろ」って何なんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜

嘘だと言ってよ、ジョー。

今日は何も手に付かなかった、と言えば大袈裟かもしれないが、暇が出来る度にニュースを確認していた。日馬富士のことである。

語りえぬことについては沈黙しなければならない。無論これはこのような状況における道徳的格率などではない。しかし何も言いようがない。何が本当なのかも分からなければ、どうあるべきなのかも分からない。したがって、これから書かれようとしていることはナイーヴな感傷の域を出ない。個別の、この一連の報道についての発言とも言えないようなものだろう。

スポーツはある秩序の内部にひとつの外部を作る。その秩序の内部に制度として成立しながら、法の効力が及ばない外部。試合中にボクサーの鼻がへし折れて、それを誰もが目撃していても、警察が動くはずもないことがそれを示している。当事者間のコンプライアンスだけの問題ではないだろう。極めて危ういアレゴリーだが、この制度は基地に似ている。違うのは、スポーツとそれ以外を区切るものが明文化さておらず、共同幻想、こう言ってよければ物語といういかにも脆い地盤の上に成立していることだ。更に付け加えるなら、基地はスペクタクルではない。

スポーツは戦争の比喩だ、狩りのそれだ、ということがよく言われる。チームスポーツにおいてはきっとそうなのだろう。だが個人間の殴り合いに近いスポーツは、ショーとしての暴力という側面が強いように思える。もちろんイデオロギー的側面を看過する訳には行かないのだが。その上で、金を払うから殴りあって見せてくれ、と見事な身体能力を持った若者たちに言っている。誰が、あるいは観客の全てが、というのではなく、構造が、という話だ。暴力が観たい、なるべく激しい殴り合いを観たい、それがルールに従いその制度内で行われる限りにおいて。自分たちと同じ地平で行われる非人称の暴力は<現実界>的すぎる。ジジェクなら多分そんなふうに言う。必要なのは英雄とルールだ。土俵の、リンクの、フィールドの外で何かがあれば、こちらの秩序が乱れる。

業が深い、と思うのは、観客という集合的な存在と、顔のある個人という選手らの非対称だ。金と役割を与えて、観ている間だけの激しさを命じ、その後は、同じ秩序に従うことを求める。一方で、フィールド外でも英雄的であることが期待される。そのような生き方を個人に半ば強制する。人はそんなに器用なのだろうか。毎日のようにスペクタクルを見せてくれる人々には、まったく幾ら金を払っても足りない。別に、批判して、そうではない状態にせよなどと言うつもりはないし、出来るとも思わない。逆に、多少の暴力を寛恕しろと言いたいのでもない。ただ、スポーツという制度の限界がどこかに見えているような気がするだけだ。


wikipediaキンセラの『シューレスジョー』でしか知らないが、昔大リーグでブラックソックス事件という八百長スキャンダルがあった。そのことで追放になった選手のひとり、ジョー・ジャクソンに "Say it ain't so, Joe!"という言葉を投げたと伝えられる。wikipediaによるとこれは伝説であり、スキャンダルの真相についても与り知るところではない。ただ、今朝日馬富士の一報を聞いた時に真っ先に思い浮かんだのがこの言葉だった。エモく訳せば「嘘だと言ってよ、ジョー!」ということになる。まるきり嘘でなくてもいい。ただ、今報じられていることの少しでも、或いはこれから起こるであろうバッシングの少しでも「そう」ではないと信頼のおける誰かが言ってくれたら。それはそんな感傷である。

2017年九州場所前の奉納土俵入り

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 書こうと思っていることはいくらもあるのだが、ささっと書いてしまえる記事から上げていってしまう。まあ仕方がない。

 機会に恵まれて、住吉神社の奉納土俵入りを見てきた。ありがとう機会! 今回はその話。

 11月2日、朝7時頃。バスで博多の地に降り立ち、いい時間なので宮城野部屋の宿舎に向ってみた。横綱が見られたら奇跡、稽古が拝めたら儲けもの、というくらいの気持で。博多駅の一番端のホームから出るワンマン列車で20分ぐらい。一つ前の駅前には錣山部屋の宿舎があって、幟が何本も立っている。荒鷲九州場所前はよく出稽古に来るという話を聞いていたので行ってみたかったが、外から見られる場所に稽古場がなさそうだったので、やめておいた。宮城野部屋の宿舎は南蔵院というお寺にある。けっこうすごそうなところなので、参拝しておけばよかった。

 稽古は宿舎の横のプレハブ小屋で行われている。見物客は居なかったが、建物の外に立田川親方が居てぶったまげた。中の様子はガラスが曇っていてよく見えなかったが、関取の証、白い締め込みは見えない。タンクみたいなものを運ぶ力士の出入りは少しあったので暫くその場に突っ立っていると、なんと炎鵬が現れた。白鵬内弟子なので、白鵬が居ないときは一緒に連れられていくのかと思ったが、そうでもないのだろうか。ちょっとだけ声を掛けると、テレビのインタビューに違わぬ爽やかな返事をしてくれた。

 稽古見学はそこそこにして、博多に戻る。土俵入りまでは相撲関係なく、博物館やらギャラリーやらに行っていたのでここでは割愛。

 住吉神社に着いたのは土俵入り開始1時間前の12時半ぐらいだったか。地図で見るといかにも正面っぽい南側に行ってみるとそちらは関係者用の出入り口になっていて、見学客は西から入るようになっている。そっちが正式の参道であるらしい。恐れていた程人は多くなく、シートの敷かれた観覧エリアの中程に席を取ることが出来た。参道に人が並ぶのは、そのエリアが満員になってからのようだ。そうしないと交通整理が上手く行かないのだろう。
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 待つこと一時間、最初は九州なんちゃら会のなんちゃらの挨拶で、構成も悪ければ語彙力もなく、挙句に力士の名前を間違えるなど、聞くのがつらいスピーチがあり、その次は宮司さん。こっちはまだ喋り慣れている風だが、長かった。それから来賓の紹介が始まる。何十人か居たので時間が掛かるが、ほとんどが金持ちと権力者とその代理である。まあ、相撲というのは彼らの手で回っているのだろう。仕方ない。あ、元ホークスの松中も居て、そのときだけ拍手が大きかった。当然である。

 それが終わったのが14時であって、漸く理事長、横綱の登場となる。まずはお参り。歩いて行くところと、背中が少し見える。で、有力者との写真撮影がある。狛犬に隠れて日馬富士が見えなかったが、白鵬だけは終始リラックスした感じだった。

 で、で、肝心の土俵入りが始まるまでに準備の時間があって、14時半。いよいよ。何故か望遠レンズを忘れてマクロしか持っていなかったので、写真は諦めた。前方の人が腕を目一杯延ばして撮影する、地べたに座るのがキツい人用の椅子、としては擁護出来ない高さの椅子に座った人が一脚使って撮影する、などがあり、普通に見るのも苦労する。

 日馬富士の露払いは今場所いよいよ幕の内に帰還した安美錦であり、大いに沸いていた。こうしてじっくり四人の土俵入りを見ると、白鵬のせり上がりの速さが目立つ。あと、白鵬が両腕をピッと伸ばすところは四人のうちで一番ピッとしている。好きだなあ。などと。しかし、ろくに見えなかった。戻って行くとき、なんとなく歩き方がぎこちないように見えたが、いつもあんな風だったろうか。

 稀勢の里は、土俵入りを見る限りでは普通に腕を動かしているようだったが、それで回復具合が測れるわけでもあるまい。鶴竜のときは、勢への声援の方が大きく、ちょっとかわいそう。

 終了は14時45分頃。15時に閉まるラーメン屋には行けなかった。

あの箱の使い道

 まあ、サガミほど考え抜かれたプロダクトは無いわけだ。以前、こんなツイートをした。

 カメラのAF作動音がうるさい上にエンコードミスで画質が悪くて申し訳ないのだが、手前に折られたベロと蓋の内側の二重になったところ(描出力皆無)が噛み合い、パチンと軽い音がする。開ける時にはバネのようにあるところまで一気に持ち上がり、そこから僅かに力を加えると蓋が開く。ストレスフリーどころか、エロい。これがトランプ式のケースだったら全然違う訳で、開くのは無様、閉めるのは億劫。途中で蓋をして保管することが想定されたお菓子の箱なんかも、切れ込みが入っているだけでぜーんぜん使いやすくないし、何なら一気に食べる。

 こんな素晴らしい箱を捨ててしまうのはいかにも勿体無い。6個入りだが、6回の開け閉めでへこたれるほどヤワな作りではないのである。というわけで、

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 持ち歩かないカード入れにした。蓋が大きく開く訳ではないので、若干出し入れがしにくいが、もうちょっと良い中身を思いついたら入れようと思う。

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 そのままでは見た目がモロなので、紙を貼っている。sagamiのロゴが赤字なので、赤い折り紙を裏向きにするといい具合に隠れてくれた。部分的にパッケージが見えているが、これもまた一興。

 With Sagami, No Life. それでは。

バベルの塔の前前前戯? ベルギー奇想の系譜

 9月はめっちゃブログ書こうと思っていたのに、全然書けてない。やれやれ。適当に猛スピードで書き上げることにしよう。

 話題としてはすっかり旬を逃してしまった感があるが、数ヶ月前に『ベルギー奇想の系譜』展(@兵庫県立美術館)を観に行ってきた。どうせ、ブリューゲルの前座なんだろうと思っていたが、こっちの方が楽しかったくらいだ。みんな大好きボス(派)の版画から21世紀の彫刻やインスタレーションまで、というまさに系譜的な展示。進めば進むほど人が少なくなっていくのは一体どうしたことだろう。マグリットもいるのに。

 ボス派の絵(というか、15-17世紀のフランドル美術、になるのか)は宗教的であると同時に大衆的で、日本で言えば浮世絵みたいな位置にあるのではないかと思う。しらんけど。聖人伝説に主題を取ったものが多くて色々と解説があるわけだが、取り分け頻出する画題が、聖クリストフォロスと、聖アントニウスの誘惑。アントニウスに関してはがっこぅでならったので「あーあれね」って感じだったのだが、聖クリストフォロスの物語に驚いた。何故って漱石の「夢十夜」の第三挿話とクリソツな伝説だったから(クリストだけに)。もしかしたら周知のことなのかもしれないし、或いは早とちりで、漱石の方は別の下敷きがあるのかもしれないが。
 夢十夜のそのエピソードを聖クリストフォロス伝説の翻案だと考えるとなかなか怖い。伝説では、無償で川渡しをしていたおじさんがやけに重い子供を背負って渡すことになり、不審に思って名前を尋ねるとイエス・キリストを名乗ったというもの(もうちょっと続くが割愛)。「夢十夜」では語り手が夢の中で盲目の我が子を背負っているが、それが徐々に重くなり、以前殺した人間の生まれ変わりだと明らかになる。イエスが重いのは、人類の罪を背負っているからだという。「夢十夜」の場合、罪は語り手=背負い手の罪である。罪を肩代わりしてくれる神などないのである。よって救済もない。漱石を読んでいると、神の無さに打ちひしがれることがある。神は無いのに、罪には敏感である。無論その罪は神との関係性におけるそれでは無いのだろうが。

 話が逸れたが、文系をやっている人間にとってボスと言えば阿呆船である。ポリティカリーコレクトに言えば「愚者の船」か。この題を冠さない絵にも、同様のモチーフが見られる。愚者の内実は「狂人」であり、そこには今では同性愛者や障害者とカテゴライズされる人々が含まれる。フーコーは拾い読みしかしたことしか無いのでよく知らないが、「狂人」を海に流す、みたいなことが昔行われていたらしい。制作意図というのもよく分からないのだが、色んなキャラの集合イラストのようで楽しいし、どうも暗いテーマではなさそうである。集合イラストという点から見ると阿呆船の集合具合は優しい方で、ブリューゲルなんかになると、登場人物がとても多い。「とても多い」などと書くと多くなさそうだが実に多い。色んな人が色んな処で色んなことをしているのをキャプチャした絵画の傾向と、百科全書的な欲望との関連が指摘されていたように思う。
 それで観ていて思い出したのだが、寄藤文平のイラスト、特に『死にカタログ』等々の見開きイラストは、彼らの版画と非常に近いものがある。随所で様々な人間が好き勝手なことをしているが、全体としては筋の通った感じ。思わぬところに系譜が繋がるものだ。

 19世紀以降のベルギー美術の展示もたいへん面白く、好みの絵や作品はたくさんあったのだが、余り書くことがない。ひとつだけ。マルセル・ブロータールスという人の『猫へのインタビュー』という作品。何が待ち受けているのだろう、とウキウキしながら仕切られたブースに入っていくと、白い空間の奥にスピーカーが二台。ナメてんのかと思うほど音の小さいそれに近づくと、流れている音声のスクリプトが置いてあり、「これはパイプですか?」の他、現代美術に関する問いかけに対して猫がニャーニャー鳴く音が流れてくるというもの。空間の広さとボリュームの低さは音が漏れてネタバレにならないように、という配慮もあるのかもしれないが、「よい音響」というものに対する斜に構えた態度とも思える。
 パイプに関してはもちろんマグリットの<<イメージの裏切り>>が背景にあり、この作品に当てはめるならさしずめ「これはインタビューではない」、あるいは寧ろ「これはインタビューである」ってな表現になるのかもしれない。

 ところで図録まで買ってしまった。フランス製本の図録って、余り無いのではなかろうか。しかしカードで払わせてほC。というのはさておき。県美プレミアムの「Out of Real」もちゃんと観に行って、めっちゃ面白かったんだけど、もう眠いので書けない。

 後日、意気揚々とバベルの塔(@中之島)を観に行った。ウィーンで観たのとなんか違うな、と思ったら別バージョンである。<<バベルの塔>>はふたつあるのだ。絵画も立派だったが、最新技術を用いて制作された高精細拡大複写と、3DCG映像がすごかった。こんな半端無く金の掛かりそうな技術によって、昔の一人の人間の手仕事の凄さがいやましに増すなんてすごい、夢がある。<<バベルの塔>>はめっちゃ良いし、ブリューゲルはかなり好きなのだが、前菜に関してはあまりぐっとくるものがなかった。物販に気合が入っていた。鳥獣戯画かってぐらいグッズが作られてあった。マネタイズも大変だなあ。以上。

『海辺の生と死』とかいうからアナベル・リー読んだじゃん。

久し振りの更新。朝から神戸で『海辺の生と死』を観た。満島ひかりである。結婚したい。

その後ライブに行ったりなんかしていた所為で考えが全然まとまっていないので、ネタバレとか気にせず適当に書くことにする。あと、原作のこととか監督のこととかなんにも知らないしまだ調べたりしていないので、変なこと書いちゃうかも。

満島ひかりのイメージビデオみたいな映画だった。脱ぐし。彼女が魅力的すぎて、他の人が全員霞んでいたし、そもそも、タエ先生との関わり以外で他の人物が描かれることがないので、ベクデルテストじゃないが、やっぱり彼女のための映画なんだって感じがする。男のほう、なんていうか無限に代替可能な気がする。ともかく、テーマは生と死っていうか昔ながらの、数千年来の「愛と死」である(とひとまず言っておかなければならないのだが)。新鮮味は無いが、みんな愛と死の物語が大好きだし、満島ひかりにはそれがものすごく似合う。男が最後に(と取り敢えず言っておくが)踏んだ砂をかき集めて抱きしめるシーンなんて、これまでの負けた高校球児を全員束にしてぶつけても到底叶わないだろう。

きれいなワンピースを来て、結局靴を脱ぎ捨て、海を泳いで海軍の隊長に会いに行くトエ先生。結局最初の晩は会えないのだが、ハンカチを待ち合わせ場所の小屋にくくりつけておく。正確に思い出せないのだが、「トエは来ました」に始まる手紙(渡せたのか、よくわからないが)が最高にエモい。あれは名文。もういっかい観たい。

CMで中島みゆきの「ファイト!」を歌っていたときも思ったが、満島ひかり、めちゃくちゃ歌がうまい。好き……。この映画でも、実によく歌う。その歌はほとんどが島の言葉で歌われる伝承的な歌で、作者や歌い手の固有名ではなく島の者としてのアイデンティティに結びついている。よそからやってきた朔中尉は、そうした歌を教わることで島民やトエ先生との親好を深めていくという寸法。そうして滑らかに、流れるように歌われる言葉と、語られる言葉との絶望的な乖離。それは島の言葉と標準語の乖離にも似て、他者に己を伝えることの困難を語る。しかしだからこそ、二人は縁を結ぶことになったのだとも思う。隔てるものは身分や柱だけではない。

とにかくとにかく、この映画は満島ひかりの魅力を全面に押し出している。しかし、そのために、戦争という舞台が本当に必要だったのだろうか、と終盤まで訝っていた。愛と死の物語を語るとき、戦争を使えばそれが余りに美化されすぎる。どれだけプロパガンダ色の強いシーンを挿入したところで、こんなにも、目前に迫った死によってしか印し付けられない愛を描いてしまえば、特攻隊をパトリオティズムのロマンスとして描いたなんやかんやと五十歩百歩になるのではないかと。だが、最後に分かったのは(実は冒頭から暗示されてはいたのだが)、そんな話では全然ないということで。

結末を言ってしまえば、朔中尉は出撃せず(船が直らなかったのかな?)、終戦を迎え、村の誰も死なず、トエ先生も自決しない。朔中尉から大坪を介して「元気デス」という手紙を受け取るところでこの映画は終わる。そう。「な〜〜〜んだ」って思うと思う。これだけ大騒ぎして死なないのか、死んだ方が感動するのに、みたいな。そう、死んだ方が泣ける、そのことに対する批判なのだと思う。愛と死のロマンスに、戦争のロマンスに、この映画は挑戦していると思う。二人の愛の前提としてあった切迫する死が消え失せたとき、物語は不可能になるだろう。唐突に映画は終わる。無名の人々に歌い継がれる歌のような生を多分肯定しているのだろう。


アナベル・リー」はポーの詩だけど、これも愛と死、と言えば言える。人生最後に、幼少期の恋人?婚約者だっけ?の詩を作って死ぬとか、格好いい。 "It was many and many a year ago, / In a kingdom by the sea"という文句で始まるので、上映前に思い出して読んでいたのでした。