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缶詰の常套句

万年筆とか写真とか。

「白髪一雄 密教との出会い」、並びに抽象画についての雑考

 「白髪一雄 密教との出会い」という展示が尼崎市総合文化センターの美術ホールで12月11日まで、「白髪一雄 密教との出会い」という展示が同センター白髪一雄記念室で来年の3月12日まで開かれている。前者は尼崎市市政100週年記念事業であり、後者は常設展の第8回展示だ。会場はお隣で開催期間は違うが、同じ入場券でどちらも入れるし、テーマも同じ。行く前はちょっと戸惑った。尚、12時から13時までは入室出来ないそうなので注意が必要。

 白髪一雄は、その方面に詳しい人にとっては言わずと知れた抽象画家、ということになるのだろう。素人から見れば「いかにも」といった抽象画を描く画家である。取り立てて現代美術や抽象画に興味がある訳ではないのだが、白髪の作品と偶然出会ったのが小学生のとき、ということもあって少し思い入れがある。

 今回の展示のテーマであり、白髪の生涯に大きな影響を与えた密教について本来なら触れるべきなのだろうが、全く知識も無いので絵から受ける印象についてだけ書くことにしよう。

 よく、抽象画は分からない、何が面白いんだ、などと言われるが、果たして具象画は一見して「分かる」ような存在なのだろうか。確かに、具象の描かれたキャンバスを見れば、女が川に浮かんでいるとか、激しい波の遠景に山があるとか、そういったことが分かる。でもそれは、その絵を分かったことになるのだろうか。その絵がオフィーリアを描いていることまでが分かったとして、そこに描かれている植物の象徴的意味が理解出来たとして。

 絵について費やされる言葉はごく大まかには解釈と感想に分けられるだろう。画家自身がその絵について言った言葉も含めて、解釈は一解釈でしかないし、感想もまたひとつの感想に過ぎない。ある個人の抱いた感想が、権威ある解釈によって損なわれるということもない。寧ろ絵を観るという体験は、どちらかと言えば感想の次元に根ざしていると思うのだ。一枚の絵を前にすると、仮に言語化されなくても、何か印象のようなものを抱く。その点で絵を観るのは、例えば小説を読んだりするのとは決定的に異なる、身体的な経験だと思う。何だかナイーブなことを書いてしまっているが、白髪の絵を観ているとそういう気持ちになるのだ。美術館、展示室という空間に置かれていなければ、思わず手を伸ばして触れていたであろう、生唾を飲み込むような体験。
(くどいようだが、身体感覚を特権化し、密教の主題が云々、という解釈を批判しているわけではない。素人としての楽しみ方の話だ。ところで美的陶酔と分析の対立を説いていたのは、誰の何だったっけ)

 なんだかこれだけでは白髪の絵について何も伝わらないような気がしたので、少しだけ紹介する。


f:id:cannedcliche:20161207230200j:plain:left:w230例えば記念室(入って右手・狭い方)に掛かっていた<<密呪>>という絵は、中央の円が何か硬いものをコンパス代わりに絵の具をこそげ落とすようにして描かれたであろうこと、描かれた時のキャンバスは寝かされていたであろうことなどを語る(だからと言って、この絵に惹かれる理由の説明にはならないので歯がゆいところだが)。立てられれば巨大な幅2メートル程のこの作品も、床に置かれ、その上を歩くスペースだと考えればそう広くないのかもしれない。

f:id:cannedcliche:20161207225608j:plain:leftそして<<大威徳尊>>という絵。画像では到底伝わらないが、白髪の他の作品と同様、油絵の具が各所各所で飛び散り、盛り上がり、そのまま固まった絵だ。まるで時間がキャンバスの上で凝固したような。油絵の具が宙に浮いた形で固まるまでの時間。一番上に塗られた白い絵の具が、下の絵の具が乾ききる前に塗り広げられたものであろうこと。ベルナール・ビュッフェの絵なんかも、油絵の具が盛り上がっているが、受ける印象は全く違う。

 記念室入ってすぐの画面では、フットペインティングの制作風景が流されている。なかなかの見ものだった。かっ開かれたチューブから匙で絵の具を掬い、ポイポイ画面にぶちまけては紐にぶら下がりその上を滑る。最後、足に付着した絵の具を拭う場面で『2001年宇宙の旅』のBGMが流れるのには笑ってしまったが。

 ぐちゃぐちゃと書き連ねてしまったが、益体もないことである。大人200円、学生100円と市立美術館(ここは美術館とはちょっと違うかな)の例に漏れずお安い上、阪神尼崎駅下車すぐ(連絡デッキがある)という好立地でもあるので、もし機会があれば是非。回し者ではない。一ファン(?)として、こんなブログを読むよりはずっと良い体験が出来ることと思う。


 尚、この記事に掲載した画像は公式サイトから拝借しました。<<大威徳尊>>については展示、並びにパンフレットに掲載されていた作品と画像の向きが違っていたのでこちらで回転させました。作品の写真に関して、引用元を明記していれば保存して勝手にアップロードすることが許されるものなのか、いまいち分かっていないので、問題があればご指摘頂けると幸いであります。

ファーバーカステル・ストーングレーを入れる

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憧れのファーバーカステル、万年筆は手が出ないのでシャーペンとかインクとか、外堀から攻めてます。

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今すぐ作れるクソみたいなスタンディングデスク

初夏に突然腰痛に襲われ、一週間程まともに座れなくなりました。酷いときは寝ている間以外ずっと座っている日も多い生活だったので、納得と言えば納得。座りっぱなしだと腰に悪いばかりか痔のリスクも上がるということで、手っ取り早く座り時間を減らせるスタンディングデスクを検討し始めました。

しかし、今使っているデスクは買ってから一年も経っていません。幾ら何でもお蔵入りにしてしまうのは惜しいので、そのまま活用することにしました。

その結果がこの、今すぐ作れるクソみたいなスタンディングデスクです。汚くて恥ずかしい。

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谷崎潤一郎『吉野葛』縁の地を求めて秋の吉野

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を散策するつもりだったのですが、『吉野葛』の舞台は観光地吉野からはおっそろしく遠く、今回はどっちかと言えば色づき始めの紅葉狙いだったので聖地巡礼はお預けです。とは言え、今は入之波までバスが出ているようなのでいつか行きたいですね。

そういう訳で世界遺産吉野の、平々凡々たる観光をしてきました。いえ〜い。

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