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缶詰の常套句

万年筆とか写真とか。

新宮晋の宇宙船

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《雲の日記》2016年 構想画 ©Susumu Shingu

 美術館の展示室に風が吹いているというのは、驚くべきことだろうか。いや、多分そうでもない。作品を万全の状態で展示する以上、空調設備は欠かせないわけだし、鑑賞者が動けば微かな風が起こる。だがそれは普段意識されずにいる。まあ、絵なり何なりに集中しているのだから当たり前のことだ。

 新宮晋は「風と水の彫刻家」であるらしい。もう終わってしまうのだが、兵庫県立美術館で行われた彼の個展に行って来た。多くは天井から吊るされた骨と皮だけのなかなかに巨大な構造物が、どこかにある送風機の微弱な風を受けてどこか歪に、不規則に動き続ける。動きは力を可視化する。その意味で彼は風と水を彫刻しているのだろう。石の彫刻家がまだ誰にも見えない何かを、鑿を使って浮かび上がらせるように、新宮はこの奇妙な物体によって風と水の動きを見せる。彼の作品が骨と皮だけなのは、風と水が肉となってそれを動かしているからなのだと思う。

 最初に、展示室に風が吹くなど驚くに足りないと書いたが、水がじゃぶじゃぶ流れていることには、度肝を抜かれた。ひとつの前情報も無しに展覧会を訪れると、こういう驚きがあって良い。どこかノスタルジックな機構の不規則な動きはしかし、流れ込む一定の水量によってもたらされる。だから余計にからくり人形めいていて魅力的なのだろう。

 おそらく彼の作品は、屋外の自然の風が当たる場所に設置されることが想定されているのだが、その映像を見てもいまいちピンと来なかった。もちろん美術館に展示されることで権威がまとわり付いてなんか高尚な感じに見えてしまっているという面はあると思うのだが、それよりも光の効果が大きいのではないかと考えられる。金属製の水を流す物体は照明を反射し、その区画はプラネタリウムのように移動する光で満ちる。そんな時こそ「宇宙船」という言葉が相応しい。閉じた空間で広い宇宙を思うほど楽しく美しいことはないのだ。